読書感想

『安全神話崩壊のパラドックス』

河合幹雄 著

岩波書店

定価 本体3500円+税


全国統計を分析すると、犯罪は増加もしていなければ、凶悪化もしていない。むしろ、ここ数年は戦後最高水準の安全が確保され、また、少年犯罪も減少している。こう断言すると、99・9%の人は信じない。しかし、事実である。にもかかわらず、「近年、犯罪が急速に増加し、かつ凶悪化」していると信じられている。これは一体どうしたことか?

私は本書を読む前は、次のように思っていた。テレビ局は「犯罪報道は視聴率が稼げる」に気がつき、大量報道するようになり、国民が錯覚した。そのことと、政治家が、公共事業や福祉予算増額での人気取りが財政逼迫のため困難となったため、その代わりとして治安・安全に大声を張り上げるようになった。

その結果、「犯罪が増加・凶悪化していないにもかかわらず、日本は安全でなくなった」と信じられるようになった。

しかし、安全神話崩壊の原因は、もっと奥深いところにあるようだ。本書の仮説は、犯罪者はヤクザなど「境界」の向こうの世界の人、犯罪地域も「境界」の向こうの歓楽地、要するに別世界の出来事であったのが、その「境界」が崩れてきた。

そして、「境界」で犯罪者を謝罪させ、社会復帰させる「現場の鬼」が減少した、というものだ。「現場の鬼」とは、「今回だけは、見逃してやる。二度とやったら承知しないぞ。困ったことがあったら、訪ねてこい」という台詞の刑事や保護官達を指している。しかし、今の時代、おおっぴらに「境界」を言えば「差別」になるし、「現場の鬼」の行動(見逃す)は「違反」となるから、とても難しい。

この仮説の当否は、ともかくとして、「外人増加→犯罪増加」や「教育の荒廃→犯罪増加」は、ほとんど扇動者のデマなのに、多くの国民はそのデマに乗せられている。事実よりもデマの方が持て囃されるとは……。