読書感想

『阿片王』

佐野眞一 著

新潮社

定価 本体1800円+税


副題に「満州の夜と霧」とある。世の中を表と裏に分けるならば、この本は裏の話である。満州国建設、中国侵略、その表の歴史は分かりやすい。しかし、その歴史の裏舞台では天文学的な巨額阿片マネーが奔流していた。そして、その阿片マネーは、一人の人物の掌中にあった。満州の阿片王と呼ばれた里見甫である。裏の人物であるから、夜と霧の謎の人物となる。

里見の巨額阿片マネーには、蜜に群がる蟻のように、政治家・軍人・大陸浪人など様々な人物が群がった。里見は惜しげもなく大金を渡した。東条英樹も岸信介も、その一人である。その金が、彼等の野心(高い志?)を実現させていった。

里見自身は、私利私欲の蓄財に励むことはなかった。また、岸信介や児玉誉士夫のように戦後の復活を企てた様子もない。大日本帝国の黒子であること、黒子は表舞台に出てはならないと自覚していたのかも知れない。昭和40年に死去するが、遺産は皆無であった。誰が言い出したのか、里見の遺児の将来のため「故里見甫先生 遺児里見泰啓君後援会 奨学基金御寄付願いの件」と題するペーパーが作成される。百七十六の発起人の中には、岸信介・児玉誉士夫、笹川良一、佐藤栄作など豪華な名前が並ぶ。要するに、その名簿が里見の「阿片人脈」なのだろう。阿片人脈が、戦後保守政界の主流に位置しているわけで、なんともはや……。

筆者は、その名簿を頼りに、一人一人を取材し、里見甫の実像を描こうとする。気の遠くなる作業には脱帽するしかないが、三流スパイ男、男装の麗人など怪しい人物が続々と登場してくるから、飽きはしない。

おそらく、筆者のテーマは、「日中戦争とは、20世紀の阿片戦争だった」ということだと思う。